2017年9月23日土曜日

アナログレコード・リバイバルについての補足

 電ファミニコゲーマーにて『「CDより売れてる」いま海外で復権するアナログレコード市場を徹底分析。なぜゲーム音楽がわざわざレコードで愛されてるのか?【海外キーマンに聞く】』という記事を書かせていただいたのですが、実はこれの執筆にあたってアナログレコード市場全体の分析も行っていました。若年層を巻き込んだ、ターンテーブルいらずの市場は、そもそもどうやって生まれたのでしょうか。そのあたりをここで補足しておきたいと思います。

……したがいまして、今回はチップチューンやゲーム音楽とは直接関係ないお話になります。あしからず。


アナログレコードの市場規模

今オスロを散策したら、CDストアは一軒も見つからないけど、アナログレコードのポップアップ・ストアはあちこちにあるよ。ヨーロッパとアメリカの全域が、同じことになってるんじゃないかな。
  Jorn Dalchow (daWorks設立者兼マネージングディレクター)
出典:
IFPI Global Music Report 2016

  実は、日本のアナログレコード市場は世界第四位の規模を誇るだがそれでも、上記のような光景にはお目にかかれない。というよりそもそも、アナログレコードの復権を実感している日本人は、まだ決して多いとは言えないだろう。第四位と言っても、売上的にはまだ2000年代前半の水準に戻ったという段階だからだ。いっぽうで、アメリカはもう1985年以来の水準にまで戻っている。アナログレコードが普通に現役だった頃と同規模の市場が、すでにあるのだ。

市場は毎年二桁成長を遂げており、世界のアナログレコードの市場は今年、金額にして10億ドル(約1,150億円)、枚数にして4,000万枚の規模に到達すると見込まれているイギリスでは昨年、瞬間的ではあるがアナログレコードの販売がデジタルダウンロードを追い抜くという事態まで発生した

……と、こんな風に書くと、すさまじい景況であるような気がしてしまうが、音楽市場全体に占める割合で見れば、アナログレコードの市場は依然としてそんなに大きくはない。せいぜい5%に達するかどうかといったところで、さすがにCDやダウンロード配信を脅かすには至っていない。ただ、成長力が半端ないのだ。CDもダウンロードも年々大きく売上を落としていく中で、こんなにも売り上げを伸ばしている音楽ビジネスは、サブスクリプション型の音楽配信と、アナログレコードだけしかない。そういう点からも、やはり無視はしがたいのである。


レコードストアデイの功績

アナログLPの売上とマーケットシェア


アナログレコードの売上が史上もっとも落ち込んだのは、2006~2007年(資料によって多少ばらつきがある)。実は、意外と最近のことなのだ。1990年代はCDの最盛期であると同時に、アナログレコードにもDJたちの底堅い需要がずっとあった。よく知られているように、とりわけクラブミュージック界隈ではアナログこそが標準であり、むしろCDのほうが軽視されていた。ところがそのDJたちも、2000年代には多くがデジタルメディアへ移行していく。CDJPCDJの使い勝手が劇的に向上したためである。こうしてアナログレコードの受け皿が失われつつあったのが、2000年代前半から半ばにかけてだった。ところが2008年から、少しずつ需要が持ち直し始める。一体何が起きたのだろうか? 

ひとつには、レコードストアによる自助努力があった。世界中のレコードストアが一致団結し「レコードストアデイ」を創設したのである。2007年から今日まで続くこのアナログレコード復権の取り組みは、長い時間をかけてじわじわ奏功し、いまや「一年で最もアナログレコードが売れるのはレコードストアデイとブラックフライデー」という状況になっている。レコードストアデイに限定発売されるアナログレコードも多く、その数は今や500枚を超える勢いだ。こうして、今年は実に409000枚がレコードストアデイに売れたという。

デジタルとアナログは対を成す

こうした実店舗の地道な販売努力は、確かにアナログレコード復権の大きな要因のひとつだろう。しかしそれはそれとして、現在もっとも多くのアナログレコードを売っているのはAmazonだという現実がある。インターネット上にもまた、アナログレコード復活を促した何かがあるはずだ。

恐らくもっとも大きいのは、一見アナログレコードとまったく無関係に思える「音楽ダウンロード配信の普及と定着」である。アメリカでは2007年にデジタルダウンロードの販売本数CDの販売本数を追い抜いた。それから数年の間にCDの需要はみるみる低下し、3年後には1989年頃の水準にまで凋落する。こうして2010年代には、ダウンロード音楽配信が完全に主役となっていくわけだが、よく言われるように、配信される音楽には「実体がない」という弱点がある。形がなければ所有欲を満たせないという人たちは、どこにでも一定数存在するものだ。そして、そうした状況が、アナログレコードの再評価を促した。
現代の消費者の多くは、自分の手元に残るものを欲しがっている。12インチ×12インチのジャケットアートもまた、レコードの大きな魅力の一つだ。スポルディングはこう語る。『レコード店でヴェルヴェット・アンダーグラウンドのアルバムを買えば、同時にアンディ・ウォーホルの作品もついてくるんだよ!』
  出典:人気復活のアナログレコード、市場規模は1千億円到達へ


「聴かない」音楽メディア

 僕の元記事で「欧米のアナログレコード・ファンたちの約半数は、買ったアナログレコードを直接聴取していない」と書いたが、その典拠は昨年のBBCる調査だ。現在アナログレコードを購入しているイギリス人の約半数は、ターンテーブルを所有していないか、あるいは所有していても滅多に使わないことが明らかになった。

イギリスのアナログレコード購入者におけるターンテーブル使用率。
「持ってるし使ってる」52%, 「持ってるけど使わない」41%, 「持ってない」7%。
出典:Mark Savage ‘Music streaming boosts sales of vinyl’ 14 April 2016

「買うけど聴かない」層の存在は、売り手側も当然熟知している。だから近年のアナログレコードは視覚面に極めて重きを置いており、異様に凝ったデザインのレコードが無数に登場している。カラーヴァイナルやピクチャー盤は、もはや当たり前の存在だ(あるプレス業者は、現在製造している約半数がカラーヴァイナルだという)。購入者たちは、たとえダウンロードコードが付かなかったとしても、アートとしての存在感や、ファングッズとしての手応えだけでも、十分満足できてしまう。

 とはいえ一方で、「聴く」リスナーへの配慮も前進している。アナログレコードはもともと高音質であることが売りのひとつだが、昨今のアナログ盤は、昔のものより音質が良くなっていることが珍しくない。これはマスタリング~カッティング工程が進化したためでもあるし、レコード盤そのものが90年代までのものより重く厚くなったためでもある。今では「180g重量盤」という宣伝文句もまた、当たり前のものとなっている。

アナログレコードは懐かしくない

前出のBBCによる調査は、このムーブメントの主役がアナログレコード直撃世代の中年~熟年たちではなく、35歳未満の若年層になりつつあることも明らかにした。イギリスではアナログレコード購入者たちの約半数を、この世代が占めている。

イギリスのアナログレコード購入者の年齢分布
出典:Mark Savage ‘Music streaming boosts sales of vinyl’ 14 April 2016

アメリカにおける別の調査も、同じ傾向を示している。こちらでは35歳未満の割合は6割を超える。
アメリカにおけるアナログレコード年齢構成。左から「リスナー」「新品購入者」「中古購入者」

35歳未満というのは要するに、物心ついた頃にはもうCDが主流になっていた世代だ。20代の若者たちともなると、もはやアナログレコードに「懐かしい」という感情を抱かないばかりか、「見たこともない」という人さえ珍しくない。彼らにとってのアナログレコードは、アートと音楽を一体化した、古くて新しい消費スタイルなのである。

インディーズの牽引力

いま欧米でアナログレコード市場を牽引しているのは、ジャンルとしてはロックである。昨年にはセールス全体の69%をロックが叩き出した。ではどんな種類のロックが人気なのだろうか? 売れ筋には二系統ある。ひとつはビートルズ、デヴィッド・ボウイ、ピンク・フロイド……といった往年のロックスターたちのリイシュー盤。もうひとつはトウェンティ・ワン・パイロッツ、レディオヘッド、アデルといった現代のロックスターたちの新作だ。全体としてはリイシュー需要のほうが圧倒的に強いのだが、2016年の年間売上ランキングでは、新作サイドも健闘していることが分かるだろう。

こうやって売れ筋をチェックしていると、市場を牽引しているのはメジャーなレコード会社や有名アーティストたちであるかのように見える。実際ユニバーサルミュージックグループなどは、アナログ盤ビジネスに相当力を入れていて、2015年だけで1500タイトルを送り出している。昨年には「THE SOUND OF VINYL」というリイシュー専門のEコマースサイトまで立ち上げた。しかし市場におけるメジャーの影響力は、実はそこまで大きいわけではない。たとえばレコードストアデイで売れているレコードは、約8割がインディーズ作品なのである。こうして見ると、現在のアナログレコード市場における多数派は、インディーロック勢ということになるのだろう。


KickstarterとBandcamp

 少なくとも10年前には、ロックのアナログ需要はそれほど大きくなかった──少なくとも「市場」と呼べる規模にはなっていなかったと思う。いったいインディーロックの人々は、いつからそんなにアナログレコードを求め、作るようになったのだろうか?

 90~00年代には、クラブミュージックやパンクなどの特定ジャンルを除けば、アナログレコードで売り上げを見込める「市場」は存在していなかった。ただ例外として、売れっ子アーティストたちがコレクター需要を見込んで作る限定プレス盤というものは脈々とあった。それはいわば、成功者だけに許された特権であり、凡百のインディミュージシャンには決して手の届かないステイタスであった。

 ところが2009年になると、そこまでのヒットメイカーでなくともアナログレコードを売り出すことのできる環境が整いはじめる。最大の転機をもたらしたのは、この年に誕生したKickstarterだ。クラウドファンディングでならアナログレコードを作ることも夢じゃない……とインディミュージシャンたちが気づくまでに、さほど時間はかからなかった。同年内に6つのプロジェクトがアナログレコード製作のためのファンディングを成功させ、翌年その数は10倍にまで膨れ上がった。現在では数え切れないほどのアーティストたちが、Kickstarterにアナログレコードの夢を託している。インディーロックのアナログレコード勢は、 いうなれば「売れっ子限定コレクター盤」の末裔たちなのだ。

 同じ2009年には、Bandcampがダウンロードコードの仕組みを整えた。そしてここでもアナログレコードを売り出す機運が高まっていく。これについては僕の元記事のほうで触れたので、ここでは省略するが、とにかくKickstarterとBandcampによってアナログレコード製作の門戸は一気に広がった。特定ジャンルの専売品でも、チャートバスターの特権でもなくなったのだ。

 その広がった門戸の中で、なぜロックが特に多くなったのか。これについてのまとまった研究はまだなされていないと思うが、たぶん結論はごく単純で、ロックの市場そのものが他ジャンルより圧倒的に大きいからに他ならない。アメリカでは現在でも、アルバムセールスの約40%をロックが叩き出しており、それがそのままアナログレコード市場に反映されていると、僕は見ている。ロックの世界でアナログブームが起きた──というよりは、アナログブームの中で母数の多いロック層が自然と目立つようになった、というところだろう。



渾然一体

ことほど然様にロックの強いアナログレコード市場だが、ロックが主役なのかというと、それはちょっと違うように思われる。というより、主役なんて存在しないのではないだろうか。いまではクラシックからB級映画サントラまで、あらゆる音楽がこの市場に参入している。それに現在のような規模のリバイバルは、ノスタルジーだけとか、ファッションだけとか、音楽配信の反動だけとか、そういった一要素だけでは、絶対に起こせなかったものだ。いろんな要素が絡み合って、現状を形作っているのである。だからこそ「今度こそは一過性のブームで終わらないかもしれない」という期待を、多くの人が寄せることも道理なのだ。もちろん、実際にそうなるかどうかは、まだ分からない。でも結論は、向こう2年くらいの間にはきっと出てくるだろう。

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